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2020-11-14

みんなが幸せになったらいい、ただそう思う。〜藤田あゆみさん〜

「みんながハッピーだったら一番いいじゃん。そのためにみんな生きてるんだから」

 そう笑うのは、ネイリストの藤田あゆみさん。

 現在、山梨県南アルプス市に、夫と15歳の長男、12歳の長女、そしてポメラニアンとうさぎと一緒に暮らしている。

「一般社団法人 日本ナチュラル美爪協会」の代表をつとめながら、2020年11月、南アルプス市の市議会議員に立候補した藤田さん。

 短大を卒業してから20年ずっと関わって来たネイルのこと、そしてまちづくりについて彼女が何を思うのか、自宅にあるネイルサロンで話を聞いた。

・「ネイリストになりたい」と思い始めた高校生時代

 藤田さんが代表をつとめる「一般社団法人 日本ナチュラル美爪協会」が提供しているのは、「飾らなくても 美しい指先」をコンセプトにした「ももいろネイル」。

 ネイルサロンというと、爪に色を塗ったり飾り立てる「ジェルネイル」のイメージだが、この「ももいろネイル」は元々の自爪を美しく整えるネイルケアのことをいう。

 彼女も元々はジェルネイルなどを提供していたのだが「私にはネイルアートのセンスがない」と気づいた。

「その時、アートが無理なら私に何ができるだろう?って考えた。ネイルをやめるっていう選択肢はなかった」

 ネイリストを目指すきっかけは高校3年生の学祭の時。友達の爪に絵の具で花を書いてあげたことからはじまった。

「みんなの爪にお花を描いてあげたら「かわいいかわいい」って喜んでくれて、それがすごく楽しいし嬉しくて。調べたら「ネイリスト」という職業があることを知って」

 そのとき「ネイリストになりたい」という夢を持ってから20年。今まで一度も「やめたい」と思ったことはないという。

・98点を取っても褒められない。早く家を出たかった。

 当時、北海道の釧路市に住んでいた彼女は、札幌にネイルを学べるカリキュラムがある美容学校を見つけた。

 母親に美容学校へ進学したいと伝えたが「専門学校へ行くなら金は出さない」と言われた。

「母は中卒で美容師だったせいか、学歴コンプレックスがあって。女もこれからの時代、賢くなきゃいけないから頑張りなさいって。あなたは大学まで行きなさいとずっと言われていた」

 子供の頃から母親に褒めてもらうことがなかった。

 98点を取っても「この2点はどうして?」と聞かれる。やってもやってもゴールがなかった。
 一体、何をすれば母親に褒められるのかが分からなかった。

 そのせいもあり、高校生になった頃には「とにかく早く家を出たい」と思っていた。
 結局、専門学校は諦めて、札幌の短大へ進学した。

 短大学生時代に、山梨から札幌に来ていた現在の夫に出会い、卒業のタイミングで山梨へ引っ越した。

 働きながらネイルスクールに通い、ネイリストを目指した。

・飾るネイルではなく、爪本来の美しさを引き出すネイルケアを

 2度の出産を挟み、10年かけてネイリストになったが、「ネイルアートは得意じゃない」と気付いた藤田さんは、ネイリストとしての他の道を探そうとした。

 ちょうどそのタイミングで「職業柄、ジェルネイルができないんだけど、綺麗にはしたい。何かいい方法ないかな…」とお客さんに聞かれ、ネイルケアだけでも提供できるのではと思いはじめた。

「もともとネイルって、本当は「自爪を綺麗にしよう」が一番最初に来るんですよ。「飾ろう」じゃなくて。
 ネイルのテキストにも一番最初に『美しい爪は、手入れが行き届いた健康な爪のことです』って書いてある。私は、それが全てだと思ってる」

 ジェルネイルのように、爪を飾ることができない人も世の中には多い。仕事柄、カラフルなネイルにできない人もいれば、子育て中や介護中で、定期的にサロン行けない人もいる。

 だったら、自分で爪を綺麗に整えることができる人を増やしたらいいんじゃないか。
 そう思い、ネイルケアに特化した「ももいろネイル」をはじめた。

「実は、爪って毎日3,000回も視野に入るの。スマホ触ってたって、ご飯食べてたって、運転してたって、何やってても指先って視界に入る。そこにささくれがあったり、爪が割れてたりすると「あー…」って思うじゃん。逆にそこがちょっとキレイだと、ちょっと嬉しいし「まだいけるじゃん」って思える」

 定期的に福祉ネイルで訪れる介護施設のおばあちゃん達も、最初は「今さら、爪なんて綺麗にしてもねえ…」と言っていても、いざ綺麗になった爪を見るととても嬉しそうになる。

 その笑顔を見るのが嬉しい、と藤田さんは話す。

 その「ももいろネイル」のサロンを「47都道府県に1店舗ずつ」というのが藤田さんの目標だ。

 でも、ももいろネイルを売りたい、稼ぎたいとは思わないという。

「自分で自分の手入れをできるっていうことが一番大事。たとえばお母さんとかお父さんが家族の爪の手入れをしてあげたり、おばあちゃんの爪を手入れしてあげたり…、そうやってみんなが自分でできるようになったら、最終的に私の仕事はなくなってもいいよね。って思う」

「そりゃまあ、お金はあったら困らないけどね」と、おどけて笑う藤田さんが目指すのは、みんなが自分で自分を大切にできる未来。

「もし全国あちこちにももいろネイルがあったら、行ける人が増える。そしたらみんなの爪がきれいになって、みんなが幸せになったらいいなあって。ただそう思うんだよね」

 爪を整えることで、自分の体を自分の手できれいにしてあげられる。
 そうやって自分を大事にする時間を持つことで、自分を満たすことができる。

「満たされていれば、人って優しくなれる。自分に優しくできない人は人に優しくなんてできないよ」

 ひとりひとりが満たされていること。幸せであること。

 それは、彼女が向き合うまちづくりにもつながる。

・まちづくりを考えるきっかけになった「ママサークル」

 まだ子供が小さかった頃、北海道出身で山梨に知り合いがほとんどいなかった彼女は、友達を作ろうと「ママサークル」に参加した。

 2度目に行った時、サークルの部長が決まらず話し合いが頓挫していた。

「やりたい人が誰もいないなら「私やるわ」って手を挙げたんだよね(笑) 決まらないのが面倒くさくて」

 こうして彼女はサークルの部長に就任した。

 ママサークルを運営する上で、地域のことを考えることが増えた。
イベントを開催することも多かった。

 2014年には山梨図書館で『ぼくらの未来のまちづくり』というイベントを開催した。

「子供たちと一緒に「こういう街があったらいいよね」ということを考えたのね。それから「こういうことに困ってる」「こういうことが良くなったらいいな」という意見を出してもらうワークショップをやったりした」

 イベント当日は、子供達のお仕事体験も開催された。

「そこでしか使えないお金を作って、仕事をすることで実際にお金をもらえるようにした。仕事の休み時間に、そのお金をもって他のサービスを受けに行ったりお菓子を買ったり。子供達にお金の循環のシステムを学んでもらった」

 様々なイベントや話し合いを通して、子供達や若者が何を考えているのか。過疎地域の人たちが地域を盛り上げるためにどういうイベントをしたらいいのかなど、自分の住んでいる市について考えることが増えた。

 そして今年、仲間たちから「市議会議員を」という声が上がった。

・老後は駄菓子屋のおばあちゃんになりたかった。

 子育て中のママたちと集まり、様々な活動をしていく中で、「誰かがこの町の未来を変えていかなきゃいけない」「今のままでは、将来子どもたちが困る」そんな話題が出るようになった。

 その中で「藤田さん、市議会議員をやってみないか」という声が出た。

 一旦は「私にできるわけない」と思ったものの、「そもそも市議会議員って何をやってるんだろう?」と思うようになったという。

「私の悪い癖なんだけど、知らないんだったら知ってみたいって思っちゃって。何も知らないのに「やらない」って言うのも違うかなと思って」

 まず、市議会議員とは一体何をしているのか、自分なりに調べたという。

「どこに予算を組むかとか、こういうことを公共の事業でやりたいけどどうか、とか、それに予算はどれぐらいかけられるか、とか。そういうことを決めて行くことが市議の仕事のひとつ」と知った。

そして思った。

「実は前から「居場所づくり」がしたくって。
 老後は駄菓子屋のおばあちゃんになりたかったの。駄菓子と本をいっぱい置いて。近所のおじいちゃんおばあちゃんが散歩がてらよったり、子連れのママが来たり、放課後は子供たちが帰りによって、そこで待ってればお母さんが迎えに来る。
 そういう、誰にとっても「居場所」となる場所を作りたくて、物件とか土地を探してた」

 学校に行けない子供が来られる場所。
 働いているお母さんを子供が待てる場所。
 おじいちゃんやおばあちゃんに、お母さんが相談できる場所。
 元気がありあまっている、おじいちゃんやおばあちゃんが寄れる場所。

 みんなにとっての「居場所」となる場所。
 市や行政と関わることで作ることができるのではないか。

「いま核家族が増えて、おじいちゃんおばあちゃんが近くにいない家が多い。働く世代が頼れる人がなかなかいない。だったら、手が空いてる人が足りないところを補えばいいんだよねって思う」

・だから「私が声をあげよう」と決めた。

 藤田さんが世代の交流について思いはじめたきっかけは、お正月にあった。

「私、おせち料理が作れないの。
 もちろん今はグーグルとかクックパッドとかあるから、調べて作ることはできるんだけど、昔ながらの代々引き継がれたようなおせちは作れないなって。実家を早く出てしまってるし、義理の母から教わることもなくて。

 私がおせちをつくれないってことは、私は娘におせちの作り方を教えてあげれらないんだよね。

 そう思ったときに、こういう風に途絶えるんだなって思って。
 だから、多世代の交流ってすごく大事だなって」

 それから、いろんな世代が交流できる場所を作りたい。いろんな人にとっての「居場所」を作りたい。
 そういう思いが強くなった。

 おじいちゃんは朝来て、新聞読んで、お茶飲んで、お昼ご飯になったら帰る。
 小さい子供がいるお母さんは、離乳食を持って来る。
 放課後は子供達が帰って来て、働き終わったお母さんたちが迎えに来る。
 学校に行けない子供は、朝から来ればいい。話し相手はおじいちゃん。親には言えないことも、他人の大人にだったら話せるかもしれない。
 お母さんもママ友に言えないことを、おばあちゃんに相談できるかもしれない。

そんな「居場所づくり」をしたい。

「そういう場所が学区ごとにあったらいいなって思っていて。
じゃあこれを行政でやれば?って話なんだけど、できない。
 なぜかっていうと「自分の担当じゃない」っていう縦割り的なものがあるから。

 子育て一つとっても「子育て支援課」「福祉課」「健康増進課」って分けられてる。
 だったら言ってみようかなって。私が声あげてみようかなって」

 すごくすごく悩んだ末、立候補を決めた。

 今回は「やりたい人が誰もいないなら私やるわ。決まらないの面倒臭いし」じゃない。
「私が、未来のこのまちを変えたいと思ったから」彼女は出馬を決めた。

 そして2020年11月、南アルプス市市議会議員の立候補者として、選挙に立つことになった。

・みんなで良くなればいい。

 爪もまちづくりも同じ。みんなが自分を大事にする。ひとりひとりが満たされている。幸せだと思っている。
 そうすると循環する。与えようと思わなくても絶対そうなる。人ってそういうものだから。

「誰かを蹴落とすんじゃなくて、みんなで良くなればいいじゃん」

 そう言って、彼女は爽やかに笑う。

 インタビューの最後に「なんのために頑張るのか?」という問いを投げた。するとこんな答えが返ってきた。

「息子がいま15歳なんだけど、10年経って25歳になったときに、政治家というか、市政とか県政とか国政でもいいんだけど、そこに携わることっていうのが、職業の一つの選択肢として入ってきたらいいなって思う」

 子供達が、若い人たちが、政治にもっと興味を持って欲しい。
 そのためには、色々な世代の声が届くまちづくりをしなければいけない。

 現在、南アルプス市の市議会は、平均年齢が60代後半。高齢化が進んでいる。

 彼女が吹かせる爽やかな風が、時代も議会も変えてくれたら。
 そして彼女の背中を見て、次の時代を担う若い世代が、職業のひとつとして「市政」「県政」「国政」に携わることを選ぶようになったら。

 この日本も、少しは変わるかもしれない。

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追記:
藤田さんはこの後、南アルプス市市議会議員に当選されました。今後のご活躍を祈念いたします。

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