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2021-04-06

人の心が動く瞬間が好きだから〜丸山利恵さん〜

 古いメガネ店をリノベーションしたというカフェ。
「本日のシフォンケーキ」をオーダーしたあと「実は午前中にシフォンケーキを焼いてきたんですよね」と言って、ふふふと笑う。

 ふわっとした雰囲気に、薄いピンク色のワンピースがとてもよく似合う彼女は、丸山利恵(まるやまとしえ)さん。

 岐阜県恵那市に、夫と3人の子どもと暮らしている。

 ふんわりとした見た目だが、幼少期は「男の子たちと一緒に洞穴を掘って、秘密基地を作ってました」と言って笑う。

 弟が二人いるお姉ちゃん。きっと昔からしっかり者だったのだろう。

「弟もいたし、近所も男の子が多かったからか、女の子らしい遊びには興味がなくて。リカちゃんは髪の毛を切って終わりました(笑)」

 そんな彼女に現在の肩書きを聞くと、「すごくたくさんあって…」という言葉のあとに出てきたのは「リトミック講師」「ピアノ講師」「児童館の先生」「アドラー心理学ELMリーダー」「ブレインアナリスト」。

 どういうきっかけで肩書きが増えていったのか、シフォンケーキと珈琲をいただきながら、話を聞いた。

・子どもの「楽しかった!」が嬉しい

 幼稚園や保育園、また認定教室でも週に一度「リトミック」を教えているという丸山さん。

 そもそも「リトミック」とはなんだろう。
 リトミック研究センターのホームページには、このように書かれている。

”リトミックは、楽しく音楽と触れ合いながら、基本的な音楽能力を伸ばすとともに、身体的、感覚的、知的にも、これから受けるあらゆる教育を充分に吸収し、それらを足がかりに大きく育つために、子どもたちが個々に持っている「潜在的な基礎能力」の発達を促す教育です。”

「たとえば、先週幼稚園でやった内容だと、子どもたちにフラフープを渡して、それをハンドルにみたてて『バスの運転手さん』になってもらうんです。『さあ、バスの運転をしますよ~』と言って、ピアノ伴奏をつけていきます。ピアノの音が止まったら『ピタッと止まるんだよ~』、ビートをゆっくりにして『ゆっくり、上り坂だよ~』、逆に速くして『下り坂だよ!駆け足駆け足!』、でたらめな音を弾いて『故障しちゃったね~』みたいに、音の速さやニュアンスを体感してもらったりします」

 まるで遊んでいるような感覚で、子ども達にはリズム感や音感などの音楽的な要素が自然と身につくという。

「子どもにしたら運転手さんごっこをして、飛んだり走ったり、叩いて修理しているだけのつもりだけど、こちらとしては『今日はこのリズムを叩けるように』とか『音符の長さの違いが分かるように』とか、毎回目的を持って教えているんです」

 カリキュラムはあるのだが、その場その場で弾くピアノは即興だという。

「雨の中のバスですよ~って言ったらちょっとマイナーなメロディーにしたりとか、ぽかぽか天気だから元気よくいきましょう~!って明るくしたりとか。CDを使うこともできるんだけど、私はピアノを弾きながらやっています」

 20代の頃からはじめたリトミック講師。もうすぐ20年になるというが「全然飽きない」と言う。

「正直、ネタ的に飽きるときはあります。でも、子どもたちが本気で『楽しかった!!』って言ってくれたり、一生懸命汗かいて動いてる姿を見ると、こっちが満たされるんです」

 とにかく「子どもが好き」と話す丸山さん。
 リトミック講師になる前は幼稚園で教諭をしていたという。

・幼稚園の先生っていいな

 高校3年生の時、進学で悩んだ。

 ずっと幼い頃からピアノを習っていたこともあり、音楽の先生になろうか、幼稚園の先生になろうか、ものすごく迷った。
 音大が受験できるようにと、ピアノだけでなく声楽も先生をつけて習っていた。

 そんなある日のこと、放課後に外を見ていたら、近くにある幼稚園の先生と子どもたちが散歩をしているのが目に入った。

「それを見た時に『やっぱり幼稚園の先生いいな』って思って。幼稚園の先生になろうって決めました」

 そして、幼稚園の先生になるため、短大に進学した。

「自分が兄弟の一番上だからかもしれないけど、小さい子のお世話をしたりとかがずっと好きで。子どもの相手って、自分が与えてるつもりだけど、すごくもらうものが大きくて。子どもから活力とかエネルギーをもらってると思う」

 ところが、念願の幼稚園の先生をわずか2年でやめることになる。

「憧れてた世界とちょっと違って…女性の職場の怖さも体験したりして(笑) なりたくて先生になったのに、この世界、嫌だなって思ってしまって」

 結婚が決まったこともあり、退職することにした。

 でも、子どもが好きだから子どもには関わり続けたい。
 他の幼稚園に転職することも考えたが、当時の幼稚園でカリキュラムのひとつとして行っていた「リトミック」の道に進むことを決めた。

「それから2年間夜間学校に通って、リトミック講師の資格を取りました」

 幼稚園で担任していた子どもの親御さんから「リトミックとピアノを教えて欲しい」という連絡をもらい、教え始めたのが最初だった。

「子どもの反応がとにかく楽しい。子どもたちを見てると、自分が元気になる」

 丸山さん自身、リトミック教室の時間が心の支えになっていた時期があった。

・3人の子育てに感じた閉塞感

 現在、高校3年生の長女、中学3年生の長男、小学校5年生次男の3人の母親である丸山さんは、子どもたちが小さかった時、大きな閉塞感を感じたという。

「子育てをしながらすごい閉塞感というか孤独感というか、うーん…置いていかれた感というのかな。社会から切り離されてる感じがすごくしてしまって。
 本当はかわいいはずの子どもが可愛く思えなかったりとか、幸せで楽しいはずの育児が楽しく思えない。そんな私ってダメだって自分を責めてしまったりとか…」

 自分のペースで1日を過ごせないのもつらかった。

 一番上の長女から次男まで7歳離れているため、次男が幼稚園に入るまでの10年間は、思うようにならない時間も多かった。

「3人目が生まれた時はもうだいぶ慣れっこだったけど、1人目2人目のときはつらかったかな。なんとなく人生の谷っていうか。お家で幼稚園に行かない子と2人っきりでずっといるのは、ちょっとつまらなかった時期もあって」

 そんな中で、リトミック教室はずっと続けた。
 子どもたちを母に預け、その時間だけは確保した。

「その時間が切り替えになった。あれがなかったらもっとキツかったと思う」

 そして、その閉塞感が丸山さんの人生を変えるきっかけになった。

・アドラー心理学との出会い

 子育てに閉塞感を感じていた彼女は、とあるブログに出会う。

 それは「アドラー心理学」を基にした子育て論が書かれたブログだった。

「たしかタイトルに『褒めるな危険!』みたいなことが書いてあって。それで、え?って思って。子どもは褒めて育てた方がいいって思ってたから」

 そのブログを読み進めるうちに「このブログを書いてる人に会ってみたい」そう思い、その人が開催している親子講座に申し込んだ。

 その講座は、参加者ひとりひとりが子育ての悩みを打ち明け、それに対して先生が考え方などを伝えていく形式だった。

「その考え方が、衝撃的っていうか、なんじゃそれ!って感じで、すごく面白かった。私の悩みに対しても『あなたの悩んでることなんて全部幻想。自分で作り出しているんだ』って言われて(笑)」

 そもそも「アドラー心理学」とはどのようなものなのだろう。

 ひとつ、たとえ話で教えてもらった。

「アドラー心理学の中に『課題の分離』っていう視点があって、それは『最終的に困るの誰ですか?』ということなんです」

 たとえば、小学生の子どもが宿題をやっていかなかったとする。
 学校の先生から電話がかかってきて、母親が「どうしよう。私にも責任があるし困ったな」と悩んでいる。

「ここで、宿題をやらなくて困るのは誰かっていうと、その子どもなんですよね。お母さんは『ちゃんと見てない親だ』とかそういう風に思われて、嫌な思いをすることに困る。
 でも問題の本質でいうと、宿題をやらなくて困るのはその子だけ。
 つまり、それはその子の課題であってお母さんの課題じゃない。だから、お母さんには『その課題は手放してください』っていう話になるんです」

 人の課題まで自分の課題にして悩むことない。
「本当に困るのは誰?」そう問いかけることで、自分の課題なのか人の課題なのかを考え、人の課題なら手放す。

 今は説明ができるほど納得している丸山さんも、最初は「なるほど、わかりました」とはいかなかった。

「いや、私は困る!ってその時はすごく思って。学校から電話なんかかかって来ちゃったら、宿題やらせなきゃいけないし、勉強だってついていけなくなったらどうしよう…って。そしたら『別にやらせなくていいですよ』って言われて、その時は『はあ?!』って(笑)」

 でも少しずつその考え方を落とし込んでいったら、楽になった。

 そしてその後、「もっと知りたい」と思い、アドラー心理学の「勇気づけ勉強会」に参加した。

 講座を受けてしばらくは子育てが忙しかったが、やっと最近少しずつ自分に時間を使えるようになり、自身も講師になることにした。

「自分がつらかった時に、この講座が救いの一手になったから。もしもあの時の自分と同じような人がいたら、大丈夫ですよって言ってあげられたらいいなって」

・児童館の先生として

 アドラー心理学で学んだことを活かしている場がある。
 それは、地元の児童館。週に数日、児童館で先生として勤務している。

「児童館に来るお母さんは、悩んでる人がすごくすごく多い。子どもが言うことを聞かないとか、発達が遅れてるんじゃないかっていう心配とか。やっぱり自分のことよりも、子どものことで心配してる人が多い」

 自分自身もそうだったから、と彼女は続ける。

「子育て中のお母さんって『子どもにとって、より良い環境を整えたい』って思っていて、そのためならどれだけでもやってあげられちゃうから。一生懸命になればなるほど、自分に余裕がなくなる。

 だから、こういう視点もあるよって。それを信じるとか納得するとかじゃなくて、そういう見方もありますよって。提案の一つにはなるから」

 子育て中のお母さんは忙しい。たとえ悩んでいたとしても、本を手に取る余裕なんてない。

「だから、たまたま近くにいた児童館の先生がこんなこと言ってたなあ。とか、そういう存在になれたらいいなと思って」

 児童館では、親子向けのリトミックも不定期で開催している。
 普段教えている幼稚園生よりも、もっと小さな子どもを対象にしたクラスもあるという。

「0歳~2歳児のクラスだったりすると、お母さんたちは児童館まで来るだけでも一苦労なんですよ。途中でわーってなったり、思い通りにいかないことの繰り返しだから」

 自分自身が子育てでいろんな思いを味わったから。今がきっと大変な時期だろうなって分かるから。
 ここにいる時間は、少しでも楽しんでもらいたい。  

「どうにもならない思いを抱えて、子育てつらいって涙が出そうになっても、子どもの寝顔や可愛い仕草を見たり、抱きしめた瞬間にまた頑張ろうって、そうやって自分を奮い立たせているお母さんっていっぱいいると思うんです。
だからせめてこの時間は子どもをかわいいって思えたりとか、楽しかったって思ってもらえるように、子どもと触れ合いながら、幸せを感じられる要素をいっぱい入れて、お母さんたちにエールを送っています」

 子育ての経験者として、同じ思いをした先輩として、そっと母親たちに寄り添っている。

・人が変わる瞬間を見届けたい

 そして今、アドラー心理学の中の「勇気づけ」講師として、不定期で講座を開催している。

 受講生は子育て中の母親に限らず、様々な状況の人がいる。

「アドラー心理学は、子育てだけじゃなく、親との関係とか職場の人との関係とか、全部応用がきく。生きやすくなるし、自分にも優しくなれるんです」

 講座は2ヶ月間。その間にそれぞれ気づきを得て、みんな変わっていく。

「最終的には人がどうこうじゃなくって自分だよねって。自分のことが好きになれたり、やっぱり自分って大事だよねっていうところにたどり着く」

 最後のワークで「自分への感謝状」を書くのだが、その時に泣いてしまう人もいるという。

「誰だって、幸せに生きていきたいと思ってる。でも、それができなくて迷ったり悩んだりしている。そういう人たちのお手伝いができたらなって。人が変わっていく瞬間を見届けられるのが嬉しいし、すごく好き。ただの自己満足かもしれないけど…」

 ちょっと恥ずかしそうに言ったあと、こう続けた。

「アドラー心理学面白いですよ」

 そう言って、にっこりと笑った。

・どうしてそんなに学ぶのか

「そういえば、少し前に『自分にとっての生きがいや、理想とする人生のストーリー』を見つける講座を受けたんです」という彼女。

 リトミックにピアノ教室、アドラー心理学、児童館の仕事もあって忙しいはずなのに、まだ学びたいというその欲は一体どこから来るのか。

 そう問いかけると「なんだろうなあ…」と少し考えたあと、こう言った。

「もともとは、自分の悩みを解決したいという思いから。私、知識欲みたいなのがすごいあるんですよ。いろんなことが知りたい。気になったら『まあいいや』にならない。調べたい。知りたいんです」

 先ほど聞いた、生きがいを見つける講座でも「努力すること、スキルアップすること、勉強すること、そういうことを最も人生で大事にしている人だ」と言われたという。

「それを聞いたら、それが生きがいなんだ!って。スキルアップすることを自分が求めてるなら、気になることはどんどん勉強していこう!って思って」

 そこから、その先生が教える「脳傾向診断」というものを自身も受けてみたところ、とても腑に落ちたため、「これは面白い」と、これも学ぶことにした。

「その人の脳が、どういう思考の傾向を持っているかが分かる。自分もやってみたら、あらためて自分の強みとか弱みがが分かった。ここが弱いなら頑張る必要ないなとか、ここが強いならもっと自信を持っていいんだなとか。数値化してくれるので、自分のことを客観的に知ることができて、自己実現につながるんです」

 自身の子どもにもやらせてみて、その傾向を知ることで「強みを活かす」ことも「弱いところを頑張らせない」という選択もできるようになった。

「自分の弱みが分かると、自分を責めなくなる。向いてないことは『私こういうの苦手だし』って手放せばいい。向いてないことを頑張るのは無理を感じるし、たとえできたとしても辛いし苦しいから」

 この「脳傾向診断」をアドラー心理学の講座生に教えたり、また進路で悩んでいる中学生や高校生からの相談にも使ったりしている。

「やりたいことと向いていることは違うことがある。悩まなくていいことを悩む時間ってもったいないから、そこをショートカットしていくお手伝いができたらいいなって」

Photo by Holy Photo

・子どもの目が輝く瞬間を見たいから

「リトミック講師」「ピアノの先生」「児童館の先生」「アドラー心理学ELMリーダー」「ブレインアナリスト」たくさんの肩書きを持つ丸山さんに、一番楽しい!と思うのはどれ?と聞くと

「リトミックしてる時が一番楽しいかな」と答えた。

 その理由は、子どもが好きだから。
 何よりも、「子ども達の成長する瞬間」を見るのがたまらないという。

「なんて言ったらいいか分からないけど、子どもの目がキラって光る瞬間があるんですよ。あ、今この瞬間だ。心が動いたぞっていう瞬間があって。あれを見たいっていう欲がある」

 だから「多分、おばあちゃんになっても続けると思う」そう言って笑う彼女に、「大人には、目が光る瞬間はないのかな」思わずそう聞くと彼女は言った。

「あると思います。講座やってたりすると『今動いたぞ』って瞬間がある。あります。うん。私、そういうのが見たいだけかもしれない。あれもこれもやってるのも。人の心の動く瞬間が好きなのかも」

 子どもでも大人でも、人の心が動く瞬間が見えると嬉しい。

「何かの原動力になれたらいいなあ~って思うんです。誰かの日常に寄り添いたい。あの人に会うとなんだかほっこりしたり、面白かったり、感動したり。日常の中に心を動かす瞬間を届けられるそんな人でありたいなって」

 きっと彼女と関わった人たちは、すでにそう思ってるんじゃないだろうか。 
 その柔らかい笑顔を見ながらそう思った。

・さいごに

 数日後、丸山さんから「そういえば、今度「五芒星術」の講座を受けるんです」と連絡が来た。

 その知識欲に驚きながらも、「とにかく学ぶのが好き。『へえ!そうなんだ!』が欲しいんですよねー」そう言って笑った彼女を思い出す。

 きっと彼女はこれからも、その知識欲で新しい世界の扉をどんどん開いていくのだろう。そして、得た知識や経験を使って、人に寄り添い、その人の心が動く瞬間を作り出していくのだろう。

「頼って欲しいわけじゃない。でも日常の中に、しずくでぽつんと落ちて波紋を描くような。心の片隅にいて、何かあった時に思い出してもらえるような。そんな存在でありたいんです」

Photo by Canon

 とても控えめに、でもあたたかく優しく、人にそっと寄り添い続ける。
 まるで、春に吹くやわらかな風みたいだ。そう思った。


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