「自分を楽しむ」そんな人を増やしていきたい〜鬼頭望さん〜
「今は、自分の未来に向けて希望を持てる時が一番楽しい。成長するのが好きだから」
そう話してくれたのは、フォトグラファーの鬼頭望(きとうのぞみ)さん。
大きな瞳と華やかな笑顔がとても印象的だ。
ひとつ質問をすると「なんて言ったらいいんだろうな…」と、自分の思いにしっくりくる言葉を探し、丁寧に答える様子からとても真面目な印象を受ける。
現在、インスタのフォロワーは1万人を超え、撮影して欲しい人が後を絶たない人気フォトグラファーの彼女だが、5年前までは普通の主婦であり母だった。
「子供の頃から自信がまったくなくて、自分のことも相手のこともジャッジしてばかりで。すごくしんどかった」
人との出会いをターニングポイントにし、ひとつひとつ積み上げてきて今があるという。
大きな窓から優しい光が差し込む午後のカフェで、彼女が辿ってきた道とこれからの話を聞いた。
・「どう評価されるか」が全てだった
カメラを本格的にはじめたのは5年前のこと。
何か趣味と言えるものを作りたいと思い、カメラ教室に通った。
もともと一眼レフを持っていたし、よく写真も撮っていたが、「カメラが趣味です」とは言えなかったという。
「自分が好きで写真撮ってるなら『趣味です』って言って良いと思うんだけど、当時は『趣味と言っても恥ずかしくないレベルにしないと』って思ってた。常に『人から評価される、ジャッジされる』という考えだったから。
だから誰かが『カメラが趣味です』て言ったら『さぞかし、うまいんでしょうなあ』っていう目で見てたし、自分もそう見られると思ってた」
人からどう評価されるか、ジャッジされるか…、それにがんじがらめになっていた。その理由は幼い頃にあった。
・目で見える「才能」にとらわれていた幼少期
出身は三重県津市。両親と4つ下の弟との4人暮らしだった。
親からの愛情を受けて育ったが、物心ついた頃から弟と比べてしまう自分がいた。
「上の子あるあるかもしれないんだけど、『私より、弟の方がかわいいんでしょ?』って思っちゃって」
親に褒められたい、その一心で頑張った。
「性格とかそういう見えないものに自信がないから、目に見えるものをすごく頑張ってた。テストで良い点とるとか、習い事がんばるとか」
結果、成績はオール5だった。
運動会ではリレーの選手、マラソン大会では上位入賞、音楽コンクールでは学年でひとり選ばれるピアノ伴奏をするなど、完璧な優等生だった。
「あと学級委員も。それも目に見えるものだから。もう、何もかもできるサイボーグみたいな優等生だった」
目に見えない性格の部分は、通知表に書かれた評価基準の通りになろうとした。
「率先して動ける人」「思いやりがある人」、それが「いい人」のテンプレートなんだと思い込んでいた。
・人には、目に見えない「魅力」があると気づいた高校時代
高校は地元の進学校へ進学した。その学校には制服がなく、私服通学だった。
校風も自由だったため、服に合わせてウィッグをしてくる生徒もいるほどだったという。
「同じクラスに、すごくおしゃれなかわいい子がいて。明るくてクラスの人気者。クラスの隅っこにいる子にも声をかけてあげるような優しい子だった。
でも、その子、成績がすごく悪かったの。漢字が読めないとか言葉を知らないとか。でも『テストで悪い点数取っちゃった!』って笑ってるのが、かわいかったんだよね」
それを見た時に、自分の中で作り上げて来た「優秀な人こそいい人だ」という像が崩れた。
「それまでは、成績30点、容姿20点、運動神経20点…って加点で積み上げていって、100点取るのがパーフェクトだと思ってたけど、そうじゃない。成績表に書いてない項目でもいいなって人が感じるポイントってあるんだな。って。
成績が良い、頭が良い方が良いんだって思ってたし、成績が悪いのは短所って思ってたけど、短所が魅力に感じることもあるんだなって」
そういう目で見たら、クラスのみんなそれぞれに魅力があるということに気付いた。
インディーズバンドにすごく詳しくて楽しそうに話をする子、ちょっと頼りないけれど優しくてみんなに愛されている子、才能やスペックとは違う「魅力」がそれぞれにあった。
「この子も、あの子も、こんなに素敵なところがあるって、急にぱーっ!と見えるようになったの」
みんな違ってみんな素敵。
ところが、そのことに気付いた鬼頭さんは、どうしていいかが分からなくなってしまったという。
「ここまで能力を積み上げて点数を稼いできてるから、自分の中の魅力がまったく分からなかった。というか、そもそも自分に魅力なんてないと思ってた。みんなにはある。でも私にはないって。そうしたらもう、がんばることができなくなった」
・「私はつまらない人間」そう思いこんでいた
「私には魅力なんてない」という気持ちのまま大学に入った鬼頭さんに、モテ期が訪れる。しかし、そこである事件が起きる。
「今だから笑えるけど、3人連続で彼氏が音信不通になったの(笑) 全員3ヶ月ぐらいで『忙しい』って言い出して連絡が取れなくなって(笑)」
その経験から「私に中身がないから、つまんないって思われたんだ。だから3ヶ月で飽きちゃったんだ」と思い、ますます自信がなくなってしまった。
「今思えば、自信がないから気を遣ってばっかりで。そりゃあ相手もつまらなかっただろうなって思う」
そして24歳の時、夫と出会った。
「付き合って欲しいって言われた時に、理由を聞いたら『面白いなって思ったから』って言ってくれて。はじめて中身を見てもらえた!と思った」
それから2年後、26歳の時に結婚した。
中身を見てくれた夫。ほんの少しだけ何かが埋まった。でもまだ、自分に魅力があるとは思えなかった。
・はじめての子育て。娘のことを「羨ましい」と思った
はじめて自分の中身を「面白い」と言ってくれた夫と結婚して4年後、長女を出産した。
生まれてきたのは「とんでもなく個性的で、自己主張激しめの子」だった。
娘の成長は、育児本のペースをはるかに凌ぐ勢いで早かった。
首が座るのもハイハイも立つのも歩くのも喋るのも…何もかもが周りに驚かれるぐらい早かった。
「自我が目覚めるのも早かったんだけど『私はこうしたい!これはイヤ!』っていう自己主張がすごくて。お店で泣いてひっくり返るのは普通だったし、周りに迷惑だからって抱きかかえようとすると暴れるしで(笑)」
そんな我が子を育てるのはさぞ大変だっただろうと思いきや、彼女の口から出たのはこんな言葉だった。
「私には、娘がすごく輝いて見えたの。私は人に合わせすぎる人だったから、この子は自分の意思がはっきりしてて面白いし、いいなあ!って。人にどう思われるか気にしないで、自分の思うままに振舞ってるこの子、すごい!って」
その頃、自分には意思や好きなものがないと思っていた。
だから、自分の思うままに感情表現をする娘のことを「ちょっと羨ましい」とすら思ったという。
そして、この子の個性をなるべく消さないように育てたい。この子がやりたいことはなんでもさせたい。そう強く思った。
「本人がやりたい!っていう好奇心持ったときはお手伝いして、集中して何かをやりはじめたら私は息を潜めて見守る、みたいなそういう生活をしてた」
娘と一緒に買い物に行く時も、娘が立ち止まったら何時間でも付き合った。
「子供って、石とか葉っぱとか拾ったりして集中したりするでしょ。この集中してる世界を壊しちゃいけないってすごく思ってて。だから本人が「行く」って言うまで、ずっと横で待ってた。絶対「もう行こう」って言いたくなくて。10分で行けるスーパーまで2時間かかったこともあった」
実は出産前には2年間の不妊治療を経験した。
身体も心も限界を迎え、諦めたタイミングでの妊娠だった。
「そのとき、妊娠と出産って奇跡だなって。当たり前にできることじゃないんだなって思って。だから余計に、2時間一緒に葉っぱを見ていられたのかも」
そんな鬼頭さんに最初の転機が訪れたのは、それから3年後のことだった。
・「子供の迷惑になってはいけない」そう思ったから
出産からずっと、24時間子育てに全力投球をしていた鬼頭さんだったが、娘が幼稚園に入ったことで生活が変わった。
「最初は、ランチ行こうかなとか、ずっとゆっくりお洋服見てなかったし買い物に行こうかなとか、久し振りにゆっくりできるわーって思ったんだけど。半年ぐらいしたら急に虚しさに襲われて。私は一生このまま、子供がいない時間をこうやって生きて行くのかなって。私の人生、虚しいなって思ったの」
このままじゃいけない。
でもそう思った理由は自分のためではなく、子供のためだった。
「今は幼稚園の4時間だけど、これから小中高大って育っていって、いつかは一緒に住まなくなるかもしれない。このままだと私は子離れできなくて、子供に負担をかけるんじゃないかって心配になったの。娘に自由に羽ばたいて欲しいって思ってるけど、このままじゃ私が足を引っ張るんじゃないかなって」
自分が人生を楽しまないと、子供に迷惑をかけるかもしれない。だから趣味を持たなければ…。そんな発想で趣味を探した。
そして元々好きだった写真を「趣味と言えるぐらいに習おう」そう思い、学ぶことにした。
・主婦でもカメラマンになる道があるんだ!
知り合いが「ママのための一眼レフ講座」という講座に通ったという話を聞き、そこに入ることにした。
子供をかわいく撮るためのコツやテクニックを教わり、写真が楽しくなった。
「すっごい楽しかったの。もともと撮るのが好きだったから『暗い!』とか『ブレる!』っていう悩みが解消されて、娘を撮りたいように撮れるようになったらすっごく楽しくて」
もっと上手に撮れるようになりたい。そう思い、上級者向けの講座に進むことにした。
でもまだこの時点では、カメラマンになるつもりはなかった。
なぜなら、鬼頭さんの中で「カメラマン」というのは、東京に住んでて大御所に弟子入りしたり、専門学校を卒業したり、そういう道を通ってきた人しかなれない。そういうものだったから。
「でもね。同期が10人ぐらいいたんだけど、講座の最初に『カメラマンを目指している人』って先生が聞いたら、私以外全員が手を挙げてて。『ここ、そういう場所なんだ』ってびっくりして」
そのカメラ講座の先生も、元々主婦だった。
子供をもっと上手に撮りたいと写真を学び、カメラマンになった人だった。
それを知ったことが、彼女にとって最初の大きな転機になった。
「主婦からカメラマンになる道があるんだって。私の頭の中に新しい道ができた」
講座で写真の魅力に触れたのも大きかった。
「みんなで撮り合いした時に、この人のこの笑顔が素敵だなとか、自分が魅力的だと思ったところにピントを合わせて、思ったように撮れるのがすごく嬉しくて。
撮った写真を相手に見せたら「自分の顔って好きじゃなかったけど、結構いいかも」って喜んでくれたりして。そういうやりとりができるのがすごく嬉しかった」
そして、講座を卒業する頃には「私もカメラマンになりたいです」と言っていた。
・プロのカメラマンとして。はじめてのお客様との出会い
プロのカメラマンになろう。そう決めた鬼頭さんは、プロ仕様の一眼レフカメラと望遠レンズを購入した。
そして「PR塾」という起業塾に通い、SNSでの発信などのノウハウを学ぶことにした。
「旦那さんに『塾に行きたいので、お金貸してください』って借金した。塾のお金もカメラのお金も。家計から出してもいいですか?あとで稼いで返します!って」
夫は一言「いいよ」と言った。一切反対しなかったという。
「それまで多分、私に『これやりたい』っていうのが本当になかったから、見つかってよかったねって思ったんだと思う」
こうしていよいよ「プロのカメラマン」としての活動をはじめることになった。
ところが「稼いで返します!」と言ったものの、まだ自分に自信もなく、さらに写真に関しては自信がほぼゼロだったため、お金をもらって撮影をすることに抵抗を感じてしまった。
「仕事でやる以上無料というわけにはいかない。だから3,000円でって思ったんだけど、塾の先生には『1万円でも安いよ』って言われて。じゃあ5000円!3000円!いや5000円!!!これ以上は負けられない!って押し問答(笑)。
絶対大丈夫、望さんだったらお客さん来てくれるし満足してもらえるからって、背中を押してもらって。『やってみます』って泣きそうになりながら、ブログで5,000円で募集したの」
そのブログを見て、ひとりの男性が申し込んでくれた。仕事用に使うプロフィール写真を撮影して欲しいという依頼だった。
撮影場所は講座中に練習で行ったことのある公園にした。
「夏だったんだけど、1時間ぐらい前に公園へ行って、汗だくになりながらシュミレーションしたの。でも実際は1時間後だから太陽の動きとか変わってて(笑)
でも動揺を見せてはいけない、お客さんを不安にしてはいけない、よもや今日がはじめての撮影だなんて言っちゃいけないって、めっちゃ緊張した」
撮影後、自分としては良いと思える写真が撮れていた。
でもお客さんはどう思うのか。お金を頂いてしまったけど大丈夫だったのか。
とても不安だった鬼頭さんだったが、男性はすごく喜んで、写真も気に入ってくれたという。
「5,000円じゃ安すぎるよって言ってくれて。それがすごく自信になった」
その後も塾の同期たちから頼まれたり、撮影した写真を見た人が頼んでくれたりした。
写真を撮った人たちが喜んでくれることで、少しずつ少しずつ自信をつけていった。
・「もっと自分を楽しんだらいいよ」
半年後、プロカメラマンとして一歩を踏み出すきっかけになった「PR塾」を卒業する時がきた。
塾の先生がはなむけの言葉として言った一言が、人生二つ目の転機となる言葉だった。
「『あなたは、もっと自分を楽しんだらいいよ』って言われて。どういう意味?って。遊園地とかで『楽しむ』なら分かるけど、『自分を楽しむ』って、どういうこと?って」
その時はよく分からなかった。
でも、自分の中にものすごくひっかかる言葉だった。
そこから仕事をしていくうちに少しずつ分かってきた。
大人になってからもずっと、人に対しても自分に対しても「評価」「ジャッジ」して生きていた。
容姿何点、知性何点、合計何点…、そんな風に相手のことも評価するし自分も評価されている、そう思っていた。より優秀な人や点数が多い人と繋がりたい、コミュニティの中で自分は上位にいたい。そんな風に思っていた。
「でも人と人は評価し合うものじゃなくて、人それぞれ魅力と魅力を認めあって、繋がっていくものなんだなって。あなたはあなたで自分の魅力にちゃんと目を向けて、写真を撮ったりする感じで『もっと楽しんでいいんだよ』って。そういう意味で言ってくれたんだなって」
人がどう思うかではなく「自分が自分を楽しむ」こと。
それを感じた時、大きな扉が開いた気がした。
・人はみんな、完璧じゃない
5年間、撮影を通してたくさんの人と出会った。仕事で関わる人から学んだことも多かった。その中に、鬼頭さんの人生に3つ目の転機となる大きな風穴を開けた人がいた。
仕事で何度か関わったその人は、人に対してとてもフラットに接していたという。
「たとえば、第一印象で『この人素敵だな』と思ったけど、そのあと2度3度会ったら『あれ?違うかも?』ってことがあったとしても、『そういう面もあるんだね。でも全部含めてその人だからOK!』みたいに、人のことを絶対に否定しない人。『だって、私も完璧じゃないから』って。そういう人」
人はみんな完璧じゃない。それぞれ個性があるんだ。長所と短所は裏返しっていうぐらい、見方によって変わるだけ。
「その人が人と接しているのを見ていたら、その言葉がすごく腑に落ちて。それからその人を真似して、人をまるごと受け入れて接するようにしていたら、人との関係を深めて行くことができるようになったの」
誰のこともジャッジしないし、自分のこともジャッジしない。みんなそのままでいいし、自分は自分のままでいい。
それが腑に落ちた時、人生がとてもラクに、楽しくなった。
・コンプレックスにひとつひとつ「マル」をつけてきた
幼い頃からずっと「自分には魅力がない」そう思っていた。
だから、自分がダメだと思っているところ、コンプレックスだと思ってるところを、誰かからの言葉で「わたし、OKなんだ」と、自分を認めてマルをつけて自信に変えていく。そんな風に歩んできた。
「たとえば、大人になってから仲良くなる友達が、結構大変な人生を歩んでいる子が多くて。私はごくごく普通の平均的な四人家族の家で育って、特に苦労もしていなくて。それが逆にコンプレックスだったの。「苦労している人こそ人間ができている」って思ってたのかな。
でもある時に「愛されて育った育ちの良さとかは、私にはどうやっても身につけられないもの。だからすごく惹かれるんだよね」って言ってもらえて。そうか、これはこれでオッケーなんだって、マルをつけることができたりとか」
そうやって、胸の奥底にあるコンプレックスの箱に溜め込んだものを、いろんな人に少しずつ癒してもらってきた。
ずっと大事に抱えたコンプレックスの箱。
「もう何も入ってないと思う?」と聞くと、彼女はこう答えた。
「もうないと思ってるけど、まだ今でも『あ、私こういうところがあるな』って気づくこともある。だから面白いよねって思う。また成長できるってことだから」
成長することが楽しいから。そう言って笑った。
・「自分を楽しむ」人を増やしていきたい
人や自分をジャッジして窮屈な思いをしたからこそ、昔の自分みたいな人たちに「自分を楽しむ」という感覚を知って欲しい、という。
「昔の私みたいに、才能とか能力とかで自分や他人を評価して比べちゃうと、すごくしんどい。それはずっと『自分はどれぐらいの存在だろう』って生きていくってことだから。このグループにいたら自分は上の方にいられる、でも違う場所に行ったら下の方だなとか、すごく苦しいとか。それってすごくしんどい」
「自分を楽しむ」という感覚をみんなに体験してほしい。ジャッジしない人生を歩んでほしい。
それは、彼女がいま「自分を楽しんでいる」からこそ、そう思う。
そして、その思いを「写真撮影」を通して伝えている。
「みんな自分のことってマイナスに寄りがち。丸顔がすごく嫌だっていう人もいるけど、丸顔の人の方が幸せそうに見えるよね?とか、そういう面もあるでしょ?」
みんな違って、みんないいんだ。それぞれに良さがあるんだから。
「あなたのこういうところ素敵ですよ。その考え方とてもいいですね。って撮影しながら伝えてる。だからかな。撮影した方から『写真を見たら、存在全部を肯定してもらった感じがします』って言われることが多くて。そう言われてみたら、私、存在を全肯定してるなあって思って」
撮影後、自信をつけたお客さんが「こういう仕事がしたい」「憧れのこの人みたいになりたい」とキラキラした目で語ってくれるのが嬉しい。
「私は素敵だと思いますよって、伝えたいし、伝えるのが楽しい。それは私がその人の綺麗な心の部分に触れたいから、ただの自分の欲だと思う」
カメラマンになって5年。
今まで出会った人は「全員素敵な人だった」と彼女はきっぱり言う。
「今まで素敵なところがない人はいなかった。人間みんな魅力がある。それは絶対そうだと思う。会ったことのない人に対してもそう思う。みんなみんな魅力があって、心の根っこはピュア。綺麗だよねって思う」
そして照れたように笑って言った。
「ちょっと、いい人ぶってるみたいかな(笑)」
・さいごに
後日、彼女からメッセージが届いた。
「わたし、この曲の歌詞が、めちゃくちゃ自分とかぶるなぁっていつも感動するの」
そういって送られてきたのはYOASOBIの「群青」という曲だった。
「嗚呼 何枚でも ほら何枚でも
自信がないから描いてきたんだよ
嗚呼 何回でも ほら何回でも
積み上げてきたことが武器になる周りを見たって誰と比べたって
僕にしかできないことはなんだ
今でも自信なんかないそれでも
感じたことない気持ち
知らずにいた想い
あの日踏み出して
初めて感じたこの痛みも全部好きなものと向き合うことで
触れたまだ小さな光大丈夫、行こう、あとは楽しむだけだ」
YOASOBI『群青』
カメラマンになりたての頃、夜通し編集作業に追われることもあった。
3日連続で徹夜したこともあるという。
「そうやって、経験と自信を少しずつ積み上げてきたんだなぁって思う」
いつも愛くるしい笑顔で笑っている彼女の裏に、そんな泥臭い努力が存在したことを知る人は少ないだろう。
彼女は努力の人だ。いつでもコツコツと努力をしてきた。
自分自身のコンプレックスにも、ひとつずつひとつずつマルをつけて自信に変えてきた。
だからこそ、自分に自信がない女性たちが胸に大事に抱えたコンプレックスの箱をそっと開けて、ひとつひとつマルをつけて返していく。
あなたはそのままで大丈夫だよ。そのままで素敵だよ。自分を楽しんでいいんだよ。
そうやって女性たちのコンプレックスにマルをつけ、優しく背中を押して自信に変えていく。
きっと彼女は、人の可能性を誰よりも信じている。
だからこれからも、147cmという小さな体に大きなカメラとたくさんの愛を抱えて、シャッターを切り続ける。
「自分を楽しんで」と願いを込めながら覗くファインダーの向こう側には、これからもたくさんの女性たちの笑顔が咲き続けていくのだろう。
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